人気ブログランキング | 話題のタグを見る
避暑地の猫  宮本輝
物語は怪我で病院に運ばれた男が、15年前に軽井沢の別荘で起こった出来事を語りだすところから始まる。

少年時分の主人公は両親と姉と共に別荘番として暮らしていた。
ある日彼は別荘に隠された秘密の地下室の存在を知る。
自分の見えないところで確実に何かが動いていると感じながら、
やがて心のバランスを失い、事故に見せかけて主夫人を死なせてしまった。
狂いだした歯車の中、生きようと、守りながら、やがて全てを失ってゆく……


最初に読んだのは15年以上前。その頃は、少年の目線と重ねて読んでいた。
青く熱い少年時代独特の気持ちが招いてしまった破滅、そして背負ってしまった孤独。
涙の出るような体温ある哀しさじゃなくて、予想しない殺伐とした哀しさがあった。

二度目に読んだのは7年前。
前とは異なり、打ち明ける彼の姿にシンクロし、自分の中にある別の傷を感じた。
正しく理解してもらおうと願わなければ、理解されない哀しみも無くなる。
そうやって自己弁護を諦めて孤独を装っていても、やはり同士を欲していたのかもしれない。

思えば自分にとってこの本は、ある種カタルシスに似た作用をもたらすものだった。

先日、何年かぶりに重たくなる気持ちを予想しながらこの本を読み返した。
ところが不思議なくらい何も感じず、「本」として読んでいた。
すっかり磨耗した神経を触れられてるような感覚。
自分のストーリーもやっと過去に収まったということなのか……?

読書もタイミング。
その時その時の心境や経験で、読む力点が変わるのも読書の醍醐味である。


# by aboutbook | 2008-02-05 00:00 | Books
落日燃ゆ       城山三郎
「落日燃ゆ」は、太平洋戦争当時の総理であった広田弘毅を中心に書いている。

広田は権力を欲せず、外交の重要性を早くから認識し、誰よりも粘り強い交渉をして
戦争を防ぐべく奔走した。
軍部の暴走を抑えようとしたにも関わらず、戦時中の総理だった広田は
皮肉なことに、激しく対立した東条ら軍部と共にA級戦犯となり、同じ日に絞首刑となった。

広田は、多くの戦争指導者が自殺して責任を逃れる中、
「戦争に対する責任者として裁かれる者が必要だ」と、文官でただ一人A級戦犯となった。
日本のために「絞首刑の役目」を全うし、言い訳も遺書も残さず世を去った日本国総理は
高尚過ぎるほど品格のある人物だった。


広田が絞首刑となった時、総理になったのが広田と同期で権力好きの吉田茂。
これを生み出したのが自由党総裁・鳩山一郎。
今その孫たちが政治をやっている、と考えると、政治こそ世襲の世界だと感じる。

軍の暴走と、それに連動した国民の士気の上がり方で、かつて日本は暴走した。
今、民主党の小沢氏が「国連主義」を述べるのも、
軍部の暴走はもちろん、アメリカのみの影響を受けることのないよう政治力を持とう、
その根拠として国連の判断を用いようではないか、という考えがあるようだ。

それは悪くない考えに思えるけど、それでも軍を動かすことを肯定するのが怖いと感じるのは、
私が自分の政治認識力を信じることが出来ないからだ。
というのも、私達世代は学校で全く近現代史を学んでおらず、
「戦争反対」の題目だけを覚えて、政治経緯に全く関心を持たないまま大人になったからだ。

知識がない、判断力がない者が選挙権を持つというのは、怖いことだ。
その場の雰囲気で議決権を振り回すことがないよう、自分で考えることが必要だ。
# by aboutbook | 2008-01-30 00:00 | Books
伊藤博文 ――童門冬ニ
伊藤博文と言えば千円札……というのは結構昔の話。 

伊藤は貧しい農村に生まれ、士の身分を持っていないためコンプレックスを持っていた。
高杉晋作に出会ったことから始まり、松下村塾で山形や赤根らと共に時代を学び、
やがて桂小五郎の下僕として仕えることになる。
人の性格を的確に見抜いてチョコマカと働きかける能力で、
桂のみならず多くの人にとって「便利な存在」として才覚を認められる。
井上馨らと共に英国に渡り、この時の苦労から井上とは生涯を通じて友好関係を育む。
攘夷の先まで見据えながら倒幕・改革運動へ参加し、
長州征伐や討幕運動などの激動の時代を持ち前の交渉力で生き抜く……


童門冬ニは歴史を、現代の経済的な観点、組織の機能の観点から見つめなおし、
今の時代に照らし合わせて翻訳してみせることが多い。
今で言うならこういうことだ、と、筆者の感想や視点を織り込むことで、
現代の生活に活かせることを示唆し、歴史の面白さを共有させる。
好意的に描かれた登場人物から「勉強になる解釈」を教え、読後もサラッと心地よい。

このあたりは司馬遼太郎と異なる。
司馬遼太郎は史実を並べて推測や分析で人物を紐解き、自身の見解は押さえ気味である。
なるべくドラマティックな演出を狙わず、人生の実像をなるべく忠実に見せ付け、
読者に渋い味わいを残してくれる。

ところで、伊藤博文は初代首相になったが、考えてみると彼は塙を殺した暗殺者なわけである。
また堂々と妾を持っていた。
それでもトップに立て、お札にまでなっちゃったのだから、随分と時代は変化したのだ感じる。


# by aboutbook | 2008-01-30 00:00 | Books